大阪シンフォニカ-交響楽団 第126回定期演奏会を聴いて
2008年 07月 08日

このところ関西音楽界で進境著しい大阪シンフォニカ-交響楽団は今年4月から前任の大山平一郎に代わり新しい音楽監督ならびに首席指揮者に児玉宏を迎えた。その新しいコンビによる就任披露公演となった第126回定期演奏会を聴いた。
児玉宏はドイツ・ヴェストファーレン・フィルの音楽監督やバイエルン州・コールブルク歌劇場音楽総監督の経歴もあり、日本でも新国立劇場などで指揮をしている実力派である。この『就任披露公演』で演奏されたのは、ウォルトンの戴冠式行進曲「王冠」、R・シュトラウスの交響詩「マクベス」、そしてプロコフィエフの交響曲第7番「青春」という、いわゆる「渋め」のプログラムであり、発表されたときからいかにも児玉らしいプログラムである。今期の残り2公演と来期(すでに発表されている!)のいずれも本当に「渋い」プログラムが並んでいる。近年オ-ケストラ公演の入場者数も伸び悩む中、自主運営のオ-ケストラとしてここまで勇敢なプログラムには恐れ入ったと言わざるを得ない。
要するに児玉の音楽的な裏打ちを得た自信がそういった選曲に表れているのがうかがえる。冒頭のウォルトンは、1936年11月に予定されたエドワード3世の戴冠式のために作曲されたもので、実際には半年後のジョージ6世の戴冠式で演奏されたものだ。華やいだ祝祭的な雰囲気の作品は、主部の明るく祝祭的な華麗さと中間部の美しくも気品に満ちた旋律の対比も見事に表し、古き佳き大英帝国の雰囲気を我々に感じさせてくれる。ホ-ル内を満たすかのような充分な音量でたっぷりとオーケストラを鳴らしてくれるのが心地よい。
児玉はシュトラウスでも、ウォルトン以上にたっぷりとオーケストラを鳴らし、過度な抑制を極力排除していた。このような場合、下手をすれば騒がしいだけの演奏になりがちな曲だが、児玉のコントロールによって各楽器も充分に鳴らしながら、決して騒々しくならないところがいい。音楽そのものが一般的な『交響詩』らしからず、いささか複雑な曲でその扱いになかなか苦労するところであるが、ダイナミックな音楽作りと明快な表現力である意味楽しませてもらった。このようななかなか実演に接することがない曲目に光を当ててもらえるのはうれしい。
前半の2曲以上に魅力的な演奏をくりひろげてくれたのが後半のプロコフィエフ。この作曲家の交響曲の中ではむしろ地味な作品ながら、魅力的な旋律に溢れていたり、作曲技法がプロコフィエフらしからぬかなり単純明快であったりして、とても聴きやすい佳曲である。この曲を児玉は、前半のプログラム以上に高い集中力を持ってオ-ケストラをコントロールし、透明感のある響きが大変に美しく、まさに青春を謳歌するかの様な音楽を聴かせてくれた。
これまでの大阪シンフォニカ-交響楽団との名演を評価されて児玉が音楽監督になったことで、同団はまた新たな時代に突入したといえる。そのことが音楽的にさらに飛躍をもたらし、聴衆から支持が得られ、願わくばこのコンビが黄金時代を築き上げてくれることを願うし、きっと児玉はそうしてくれるに違いないと感じた演奏会だった。大阪シンフォニカ-交響楽団からしばらく目が離せないようだ!

(二宮)
by gakuyuuehime | 2008-07-08 20:25 | 国内楽信

