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大阪シンフォニカ-交響楽団 第125回定期演奏会を聴いて

このところ関西の音楽界がゆれている。ご承知のとおり、大阪府の財政再建策のあおりを受け、大阪府知事は大阪府が全額を出資する大阪府文化振興財団に対しての補助金を大幅削減するというものだ。何でもかんでも一律カットならサルでもできる芸当だ。知事が引き合いに出したお笑いだってギャラが安いからネタやオチを一律カットするだろうか? 何が今の日本人に必要なのか、我々は何を忘れかけているのか、そのことを秋葉原の事件など到底人間らしくない事件を見聞きしながらリンクして考えないわけにいかない。大通りをライトアップすることと同じかそれ以上に音楽は人の心に何かを与えるはずだから、そして音楽は一部のハイソな人たちのためだけでないことはこれまでの歴史が証明しているはずだからだ!

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 そんな激動の関西音楽界で今元気なオ-ケストラ、大阪シンフォニカ-交響楽団の第125回定期演奏会を聴いた(5月13日 ザ・シンフォニ-ホ-ル)
 同団の正指揮者、寺岡清高が今年から2年間、全4回にわたって行う『ベートーヴェンと世紀末ウィーンの知られざる交響曲』シリーズの1回目で、演奏されたのはベートーヴェンの交響曲第2番とハンス・ロットの交響曲第1番。
 まずはベ-ト-ヴェン、最近流行の古楽的なアプロ-チを踏まえつつも、ベ-ト-ヴェンからブラ-ムスを経由して後期ロマン派に続く音楽的系譜をも感じさせる演奏を感じる。冒頭から活力に富んだ演奏で、奇をてらうこともせず、ほとんどイン・テンポで進んでいて、強弱のメリハリも良く効いてリズミカルな感じで、歌心あふれる音楽で聴く側を自然にペ-スに巻き込んでいく。このあたりが寺岡らしい豊かな音楽性を感じさせるところだ。
 後半はハンス・ロット。1858年にウィーンで生まれ、1884年には25歳で精神病院で亡くなった彼が1880年に書き上げたこの曲は、作曲者の亡くなった状況も影響してか、没後100年以上を経た1989年になって初演されたが、今なお演奏機会が少ない「知られざる」作品だ。曲自体はさすがに若者らしく、単純な楽想やいささかバランスの悪い構成などに未熟な感じを受けるものの、ブラームス、ブルックナー、ワーグナーといった同時代を代表する作曲家からの影響を感じさせる楽想を見せつつ、友人であり、音楽の世界では先輩になるマ-ラ-の壮大な世界を先取りしたかのような音楽だ。ロットは奨学金を得るためにこの作品を当時のウィ-ン音楽界に大きな影響力のあったブラ-ムスと批評家ハンスリックに聴いてもらっているそうだ。しかしブラ-ムスには評価されなかったものの、ハンスリックは奨学金審査員を代表し「作品を見れば分かる通り、彼の才能は未だ明晰とは言い難いが、鮮烈に訴えかけてくるものがある。その若さや真摯な作曲ぶりから、これから先、優れた働きを期待できよう」と期待を寄せられていたのも頷ける。残念ながら奨学金を得られるよりも前に彼は発狂し、精神病院に送られたためその後の彼の作品を聴くことができなくなってしまったのが残念でならない。
 今回の演奏は、随所に魅力的な表情を見せるこの作品とロットの世界を我々にしっかりと伝えてくれるだけのものであったといえる。オーケストラのアンサンブルと表現力は素晴らしかったし、後期ロマン派の作品らしい分厚い響きを決してうるさくなり過ぎず、また荒っぽくもなりすぎず、ホ-ル内を包み込むに充分なサウンドで聴かせてくれて、また難解な部分の音楽をまとまりをもって推進しており、寺岡のこの作品への一方ならぬ情熱と力量をハッキリと示した演奏であった。

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指揮者寺岡によると今回のシリーズでは当時のウィ-ン音楽界の首領、ブラームスが非常に重要なキーパーソンであるという。それは彼に認められた作曲家、否定された作曲家、そのどちらもが皮肉にも今となっては「知られざる」作品となっているからなのだと。今後続くこのシリ-ズに期待したい。
(二宮)

by gakuyuuehime | 2008-06-14 21:36 | 国内楽信

 

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