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上岡敏之/ヴッパタ-ル交響楽団 東京公演を聴いて

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ドイツで研鑽を積み、指揮者としてのキャリアをスタートさせた日本人指揮者上岡敏之。すでにドイツ国内だけでも20以上のオーケストラを指揮するなど、クラシック音楽の本場が認める注目株だ。近年ではN響や読響にも客演。ドイツ音楽中心のレパートリーで本場が認めた重厚な音楽を披露し、日本の観客を圧倒。その類稀なる音楽性は、ベルギー王立歌劇場で活躍中の大野和士と並んで現在楽壇で高い評価を得ている。
 今回、彼の主兵であるドイツの中堅オ-ケストラ、ヴッパタ-ル交響楽団の初来日公演として凱旋帰国した。日本音楽界でも注目のこの公演を東京(2公演)と横浜(1公演)で聴いてきた。

初日のプログラムはR.シュトラウスの交響詩「ドン・ファン」、モーツァルトのピアノ協奏曲第21番、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」が演奏された。(10月10日、東京オペラシティ・コンサ-トホ-ル)
「ドン・ファン」ではオ-ケストラの技術的な面に若干の問題がないわけではないけれど、テンポをあげてたたみ掛ける部分と、逆にテンポをぐっと落として叙情的に歌う部分のコントラストが効果を上げている演奏だ。
本日の白眉は弾き振りのモーツァルト。即興風だが上岡のピアノとオ-ケストラの一体感が抜群。上岡のピアノは本職のピアニストと較べると、スムーズな動きに不安定な部分も感じたが、美しい音色にチャーミングな演奏でちょっとした音楽的な「間」とか「表情」が素敵だ。何よりも彼の音楽に対する真摯な思いと、モ-ツァルトを弾く「よろこび」を一身に感じる演奏だ。特に第2楽章のアンダンテは、夢見心地の小さな音楽的対話のようで最高に繊細な音色であった。久々に心地よいモーツァルトが聴けた夜だった。
 「運命」では冒頭、意外にすんなり何事もないように始まったが、オーソドックスな中にも細かな部分に上岡の音楽的な意図を感じるところが見られた。楽章が進むにつれ、たたみかけるように進んでゆき第4楽章の特に再現部以降で怒涛のごとく集中力と迫力がアップされ全てが開放される演奏。
 そして何より圧巻だったのがアンコールで演奏したJ.シュトラウスの「こうもり」序曲。C.クライバーの演奏を聴いたとき以来の衝撃的な演奏で、まさに快心の一撃といったところ。

2日目の曲目はモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」序曲とピアノ協奏曲第23番(昨日と同じく弾き振り)、そしてチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」である。(10月11日、東京オペラシティ・コンサ-トホ-ル)
 実は前日演奏された「ドン・ファン」とこの「ドン・ジョヴァンニ」は同一人物で、ここで上岡は「昨日は楽観的な彼を、そして今日は別の角度から神経質な彼を見て(聴いて)いただきましょう」とでも言わんかとばかりの憎い音楽的演出である。実際に作曲された時期が「ドン・ジョヴァンニ」が1788年。そして100年の時を隔てて、1888年に交響詩「ドン・ファン」が作曲されている。この序曲もまるで交響詩とでも言いたいかのようにドラマティックに展開満載で奏される。不気味なスケールに続く開放された主題。決して小さくまとまらないこのオケの特徴が現れていて実にていねいな演奏であった。
 続くピアノ協奏曲第23番。昨日の第21番のようなハッと驚かせるような開放感はない。ただスケールの刻みは実にていねいにまた正確に展開されていく。昨夜の即興的なカデンツァの演奏と比べやや壮大なカデンツァが指定されているこの曲はソリストとしてよりもむしろピアノとオケの全体的なバランスを重要視していたのではないかと感じた。それでも本職に勝るとも劣らない技術と表現力で演奏している。この曲が難しいのは、表面的な美しさに捕われて、とかく内容の薄い演奏が多いからだが、上岡は充分に曲想を練りつつも、弾むような愉悦感とチャーミングな色彩美に富み、なおかつ指揮者のピアノらしく古典の形式感を崩していない。オケとの有機的なからみも抜群で、第1楽章が終わった後、ほとんど間をおかずにアダージョを弾き始めたのには驚いた。しかしながらこの「間」の良さは彼の為せる技であろう。
 メインの「悲愴」はまさに「圧巻!」といえる身震いするくらいの演奏であった。第1楽章冒頭の最弱音からただならぬ雰囲気だ。上岡の棒は緻密に細部を構築しながら、時に悪魔的な響きを創造する。第2楽章中間部の緊迫感に満ちた速いテンポも見事だったが、スケルツォの立体的で激しいリズムと豪快なメロディー、そしてクライマックスに向けての畳み掛けは凄まじい。そして打って変わって第4楽章のまさに哀歌のような激しくも切ない旋律が、アタッカで結び合わせることでより高い集中力を生み出すことに成功している。まるで心臓の鼓動が少しずつ弱くなるかのようにコントラバスが最後の一音をかすかに奏した後、舞台と客席の静寂はなおも続き、お互いに余韻を充分に感じ合い、高ぶった感情を鎮めるためにどのくらいの時間だったのだろうか。タクトがおろされ、やがて静かにそしてこの演奏にふさわしい拍手がごく自然に沸き上がった。
 演奏会が終わって感じるのはモ-ツァルトのピアノ協奏曲の存在は、続くチャイコフスキーの悲愴の前の「嵐の前の静けさ」だったのかもしれない。この日のプログラムは上岡の術中に我々はまんまとはまってしまった一夜だったのかもしれない。

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 3日目は会場を横浜みなとみらいホ-ルに移して、曲目は先日と同じモーツァルトのピアノ協奏曲第23番とブルックナ-の交響曲第7番である。(10月13日)
 ピアノ協奏曲は先日以上にモ-ツァルトらしい素敵な演奏で心地よい。オ-ケストラとの一体感もますます出てきて、次回のレコ-ディングのリストにぜひ入れていただきたいくらいだ。
 休憩後のブルックナ-はこのツア-がはじまる前から大いに話題となった曲である。というのも今回採用する楽譜はハ-ス版を基調としながらも、作曲家の直筆譜や初演当時にF.シャルクやA.ニキシュらが手を加えたスコアやノヴァ-ク版などから取捨選択し、ブルックナ-が望んだであろう響きに近づけるべく上岡自身が再編集した版を使用することと、今年9月に本拠地で行った演奏会およびレコ-ディングで、演奏時間が実に91分!という長大なものになったからだ。すなわち「上岡版」の日本初演となるわけで、ブルックナ-・ファンのみならず大勢の聴衆が集まったことは言うまでもない。
第1楽章、ヴァイオリンの序奏が極めてゆったりとトレモロが始まり、驚くほど静かにゆっくりと立ち上がる。そこにチェロがゆったりと合流する序奏の美しかったこと! 第2楽章も大河の流れのようにゆったりと音楽が流れていて、しかし決して弛緩しない。それは、深い呼吸を感じるような密度のある展開だからだろう。クライマックスでは、ハ-ス版にはない(ノヴァ-ク版の典型でもある)シンバルとトライアングルが鳴らされるが、それも必然と充分に納得できる頂点の築き方。第3楽章は一転、目の醒めるようなリズミカルなスケルツォ。でも中間部のトリオはまたもや腰を据えてじっくりと歌うものだから、こちらも思わず座り直したくなるくらい。第4楽章の崇高な響きも、聴き応え充分の演奏。中間部に現れる楽器の様々なやりとりも、ゆったりとしていて別な次元にいざなわれるような気分。ついに終結部はじっくりとしかし極限までの高みに導くようなものすごい盛り上げを築いて、壮麗なコ-ダとなる。全体を通して、常に上岡の音楽、すなわちきわめて純度の高いハーモニーが自然にそしてまた正確に展開され、そこに説得力が加わった感がある。彼はそれぞれのフレーズやアーティキュレーション、デュナーミクを丹念に紡ぎ、各楽器間の音を、確認し合うかのようにきわめて室内楽的な繊細さを織り込んだ大変密度の高い演奏だったと思う。 だから演奏時間が90分を越えて(今日の演奏は93分ほどだったと聞く)も体感的にはそれほど長く感じないのだろう。
 これほどまでにハ-ドなプログラムの後に普通アンコ-ルは不要であるが、この日は鳴り止まない拍手に応えてワーグナーの「ローエングリン」第1幕の前奏曲が演奏された。多分これは第7交響曲の第2楽章を「ワ-グナ-への葬送の音楽」と作曲者自身が語っているようにワ-グナ-へのオマ-ジュとして作曲されているからなのだろう。ブルックナ-とワ-グナ-の両者に秘められた息遣いと鼓動につうじあうものを感じるとともに、やや放心状態のこちらの心そっと癒してくれる気持ちもあったのかもしれないと思いたい。
上岡は何度も舞台に呼び出されて答礼を受け、オーケストラのメンバーが引き上げてからも聴衆の拍手は鳴り止むどころか一層増してきて、ついに上岡ひとり舞台に呼び出される。すると舞台両サイドには団員たちが残って聴衆と共に彼への賞賛の拍手を贈っているという光景が繰り広げられるという前代未聞のことが起こった。彼も感極まった様子でこの暖かく大きな賞賛を一心に浴びると、今度は舞台袖の団員たちにもう一度舞台に出るように指示、彼らもそれに応じて再度自席について全員で答礼を受けるという未曾有の事態が発生!終演後も聴衆の興奮は収まらず、今度はCDの即売会場に群がり、CDを購入後、サイン会場に並ぶ人が続出。サインの列は300人近くに達し、上岡はそのひとりひとりにていねいにサインをしながらこのツア-の成功を心の中で噛みしめていたことであろう。

3日間のプログラム、全7曲すべての演奏を聴いて、上岡とヴッパタ-ル交響楽団のコンビが確実にそして日ごとに進化をとげているのを肌で感じられた。このコンビの今後に目が離せない、というのが正直な思いである。上岡の並々ならぬ情熱に感嘆の情とただただ脱帽という思いが湧きあがってくると共に、オ-ケストラ団員個々が抱いているであろう音楽的な向上心と、上岡と共に更なる高みへと駆け上がっていってほしいという期待を感じさせてくれる。今後も常にテンペラメントの高い音楽作りにより一層励んでもらいたいものだ。次回の来日公演は現在のところはまだ未定だそうであるが、彼らの「成長」をまた我々の前で魅せてくれる時が来ることを切に願いたい。


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写真:上岡敏之指揮/ヴッパタ-ル交響楽団東京公演の模様(10月10日:東京オペラシティにて)


(二宮)

by gakuyuuehime | 2007-10-16 21:15 | 国内楽信

 

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