速報! 欧州楽信 文:三宅坂幸太郎(音楽ジャーナリスト)
2007年 04月 28日
“スラヴァ”の愛称で親しまれ、現代を代表するロシアのチェリスト・指揮者で、活発な政治的活動でも知られたムスティスラフ・ロストロポーヴィチ氏が4月27日、モスクワの病院で死去した。80歳だった。昨年末から体調を崩していたが、詳しい死因は明らかにされていない。一説にはガンであったといわれている。氏の死去でヴァイオリンのオイストラフ、コ-ガン、ピアノのリヒテル、ギレリスら、卓越した技量と強烈な個性で君臨した旧ソ連の巨匠演奏家の時代は幕を閉じた。
1927年3月、旧ソ連南部・現アゼルバイジャンの首都バクーに生まれた。10歳でデビューし神童として注目された。モスクワ音楽院でチェロと作曲を学び、47年にプラハの国際コンクールで優勝したのを皮切りに各地の国際音楽コンクールで優勝、パブロ・カザルスを継ぐチェロの巨匠の地位を確立した。56年にはモスクワ音楽院の教授に就任した。62年にはロシア・ゴーリキー(現ニジニノブゴロド)市で指揮者としての活動も始めた。だが1968年に反体制作家のソルジェニーツィンさんを弁護し別荘にかくまったり、反体制派とみなされたショスタコ-ヴィチやサハロフ博士らを擁護するなどして、ブレジネフ政権と激しく対立。長期間の国外旅行禁止の処分を受けた。74年に国外演奏旅行が許可されたのを機に英国で「自由の無いソ連には戻らない」と宣言、歌手のビシネフスカヤ夫人とともに事実上亡命した。その後75年からはワシントンに居を構え、77年に米ワシントンのナショナル交響楽団の音楽監督に就任。78年にはソ連市民権を剥奪(はくだつ)された。
89年11月にベルリンの壁が崩壊した際、現場に駆けつけて壁の前で一人でチェロを演奏した姿は全世界に配信され、鮮烈な印象を与えた。ゴルバチョフ政権下の90年には12年ぶりに市民権を回復されて帰国したものの、ロシア国籍は拒否したまま、その後モスクワに定住した。同年、ワシントン・ナショナル交響楽団を率いて帰国公演を果たした。ゴルバチョフ氏の失脚を狙った91年8月のソ連保守派によるクーデター未遂では今月23日に亡くなったエリツィン前大統領らと共に軍部隊に囲まれたロシア共和国庁舎に立てこもり、民主改革の防衛を訴えた。
日本には58年に初来日して以来、指揮や演奏、子供向けの音楽教育イベントなどで何度も日本を訪れ、とても日本びいきで、特に相撲好きだった。指揮者の小沢征爾氏や相撲の九重親方(元横綱千代の富士)とも深い親交があった。04年10月には皇后美智子さまの70歳の誕生日をお祝いするために日本のオーケストラとともに演奏。また阪神大震災から10年の05年5月に神戸市で、平和の願いを込めて千人を超えるチェロ合奏を指揮した。06年12月が最後の来日となった。
06年9月には、創作上の協力関係にあった作曲家ショスタコービチの生誕100年記念演奏会をモスクワで指揮。また11月には自身がサンクトペテルブルクに建設したショスタコ-ヴィチ博物館を市に寄付するなど、最近まで旺盛に活動した。
その後、体調を崩してから入退院を繰り返し、今年2月にモスクワのがん関係の病院で肝臓の手術を受けた。その際、プーチン大統領が見舞ったと報じられた。3月に退院し、同月27日に80歳の誕生日をクレムリンでプ-チン大統領、親友で指揮者の小澤征爾、ヴィオラ奏者のユ-リ・バシュメットなど多くの人々が出席して盛大に祝われ、その席上、プーチン大統領から、ロシア最高の栄誉である勲一等祖国功労章を授与された。しかしながら、病状が再び悪化し、4月12日に再入院した。
彼の演奏はショスタコーヴィチや同じソ連のプロコフィエフ、英国のブリテンら現代作曲家の感性も刺激し、多くの作品を初演し、ロストロポーヴィチに捧げられた現代作品は170曲を超すといわれる。また彼の死は、盟友エリツィン前ロシア大統領が逝って4日後だったことも偶然のように感じない。ソ連時代に当局から迫害を受け、ロストロポーヴィチ氏の別荘に保護されたノーベル賞作家ソルジェニーツィン氏(88)は27日、「彼の死は我々の文化へのつらい打撃だ」とする声明を出している。
ウィ-ンでは、05年6月に彼の最後の初演曲である、ペンデレツキ作曲の『チェロと管弦楽のためのラルゴ』で小澤征爾指揮/ウィ-ンフィルとのコンサ-トでチェロ独奏をしたのが最後のコンサ-トとなった。当初予定されていた6月のウィ-ンフィルとのブリテン作曲『戦争レクイエム』の指揮は既にキャンセルされており、代わりにI.メッツマッハ-が指揮する。
奇しくも彼の波乱の生涯を本人自ら述懐するドキュメンタリー映画『ロストロポーヴィチ 人生の祭典』が現在、日本で公開されている。
映画ホ-ムペ-ジ http://www.sokurov.jp/

今年3月、モスクワで80歳の誕生祝賀会に出席したロストロポーヴィチ氏

最後の初演作 ペンデレツキの新作のリハ-サルしているロストロポ-ヴィチ。指揮は小澤征爾(2005年6月、ウィ-ン)

ロストロポービッチ氏のご冥福を祈って
ロストロポービッチ氏を悼んで
by gakuyuuehime | 2007-04-28 23:06 | 欧州楽信

